熊雑記

熊の雑記

無知の知の難しさ

自分が普通だと思っていることでも世間一般では常識とされていることを、指摘されたときの「俺はそうは思わない」という感情の入り混じったバイアスにより否定してかかる感情というのは非常に厄介だと思う。

 

ツイッターでのやりとりを常日頃見ている方は、本日のやり取りについても見ていることかと思うが、本当に難しいなって思う。自分では当たり前と思っていることは何らかの経験則や根拠があって、それなりの自信があったり自負があったり。だからこそ公に堂々と述べることもできる。

 

しかしながらそれが普通ではなく何かしらの瑕疵や誤解を与える可能性のある表現だったとすると、これを指摘する意見についてはしっかりと精査して受け入れることが必要なのだと思うし、ここでこそ不要な感情は捨て去るべきなのだろうなと痛感している。

 

明らかに以前よりは「表に出ろ」的な条件反射はなくなっているが、それでもマウンティング要素を伴うものをいきなり浴びせられたときにカッとなる癖はどうしてもついてまわる。まぁそれだけ自分が繊細なのだろうと思うけれども。

 

既知の間柄でそのような指摘があったときはなおさら、いらんバイアスがかかってせっかくの気づきを阻害しているかのようにも思える。今回は事なきを得たというか自分が冷静になれたから収まりはついたが、指摘する側もすべからく冷静でスマートな指摘方法をするとは限らんわけだからな。

 

本当に「自分が知らないということを前提とすべし」という無知の知のスタンスは難しく感じる今日この頃。何でも知らない解らないだと自信喪失で思い切ったオピニオンなど述べられないわけだからなぁ。

 

とりもあえずも精進します。どうしても売られた喧嘩は買うのがデフォだもんで、過去にもそれでひと悶着起こしているし、ほんと短気な性格はどうにかしたいって常々思ってます。けど、

 

売られた喧嘩は基本買うぞこのやろう!!

 

だめだこりゃ

 

※あ、今回の件は僕の記事の作り方が誤解を招く表現があったのが発端ですのでw